月 い ち エ ッ セ イ / 上野 歩
monthly essay / ueno ayumu

　僕が子どものころ、「チョコレートを食べ過ぎると鼻血が出るよ」と、おとなから言われたものだった。
　しかし、実際のところ、僕はチョコを食べて鼻血を出したことなんてなかったし、まわりの子どもがチョコを食べ過ぎて鼻血ブー（というのも古いけど）になっているのを目撃したおぼえもない。
　だいたいが、なにをもって〔チョコの食べ過ぎ＝鼻血〕という公式が成り立ったのであろうか？

　いまの子どもたちが、日常的にどれくらいたやすくチョコを摂取できる環境にあるかはわからないけれど、僕が子ども時代にはチョコは圧倒的にぜいたく品だった。
　めったに口にできないそんな刺激物を、免疫のないからだに取り込むと、鼻血となってほとばしり出てきてしまうということなのだろうか？

　いや、そもそもが、そういうことにしておいて、おとなたちは、子どもにチョコレートを食べることに対して制限を与えたのかもしれない。
　つまり、「食べ過ぎると、鼻血が出る」という呪文によって、ぜいたく品への過剰な嗜好を回避させようとしたのではないだろうか。