僕が『ティファニーで朝食を』をはじめて視聴したのは民放の洋画劇場だった。当然のこと吹き替え版である。だから、オードリー演ずるホリー・ゴライトリーは池田昌子の声であった。『ローマの休日』('53年)のアン王女がそうであったように。この刷り込みの影響は多大で、いまだに頭のなかでオードリーの声を池田昌子の声に翻案して眺めているようなところがある。そうして、僕にはそれが心地よいのだ。『ローマの休日』のグレゴリー・ペックが城達也であるように。ペックの場合は、たとえば『アラバマ物語』(‘62年)は初見からオリジナル版なのに、城達也の声になってしまった。『渚にて』(‘59年)も。
さて、『ティファニーで朝食を』である。テレビ放映の吹き替え版も、劇中でホリーが『ムーン・リバー』をギターで弾き語りするシーンは、オードリーの歌声になる。声域のせまいオードリーのためにヘンリー・マンシーニが用意したスコアは、素朴だが、大きさと奥行きを備え、いつ聴いても甘やかなものが胸にじんわりと広がる。
原作者のカポーティは、主人公のホリーをマリリン・モンローに演じさせたかったようだ。
最近、衛星放送で『荒馬と女』('61年)を見て、なるほどな、と思うことがあった。
『荒馬と女』はいわくつきの映画である。マリリン・モンロー、クラーク・ゲーブル、モンゴメリー・クリフトという3大スターの共演作だが、この映画の後、マリリンは自殺とも事故とも不明な死をとげている。
ゲーブルにとっても『荒馬と女』は遺作となった。彼は撮影後に心臓発作でこの世を去る。
また、交通事故で顔面を負傷していたモンゴメリー・クリフトは、いちじるしく精彩を欠いている。
