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ぴー吉 上野 歩 / イ 
第138回 三陸(前編) 仙台〜宮古・・・P3

挿絵  ここで「三陸」という言葉について検証してみたい。
 すなわち、「陸前」「陸中」「陸奥(むつ)」の三国の称であるわけだけれど、辞書によると、陸前とは宮城県の大部分と岩手県の一部に相当し、陸中は岩手県の大部分と秋田県の一部に、陸奥は青森県全域と岩手県の一部にあたるという。
 携えてきた『津軽』で、太宰は、「奥羽とは奥州、出羽の併称で、奥州とは陸奥(むつ)州の略称である。陸奥とは、もと白河、勿来(なこそ)の二関以北の総称であつた。名義は『道の奥』で、略されて『みちのく』となつた。その『みち』の国の名を、古い地方音によつて『むつ』と発音し、『むつ』の国となつた。この地方は東海東山両道の末をうけて、一番奥にある異民族住居の国であつたから、漠然と道の奥と呼んだに他ならぬ。漢字『陸』は『道』の義である。」という歴史学者の喜田貞吉博士の文献を引用し、「簡明である。解説は簡単で明瞭なるに越した事はない。」と褒め、「極北の津軽半島などに到つては熊や猿の住む土地くらゐに考へられてゐたかも知れない。」とみずからの故郷を卑下している。
 さて、その陸奥の国までにはまだだいぶ先がある。
 かつての製鉄の町、釜石を抜けて、宮古には6時過ぎに到着。東北の町は、すでに陽がとっぷりと暮れていた。
 たいした宿ではない、ビジネスホテルに毛がはえた程度の旅館である。それでも夕食にはズワイガニがまるごと1杯ついた。刺身も新鮮でうまい。
 大瓶できたキリンビールを飲みながら、 貝殻のうえで焼いたホタテをつつく。
 「津軽に於(お)いては、牛鍋(ぎゅうなべ)、鳥鍋の事をそれぞれ、牛のカヤキ、鳥のカヤキといふ工合に呼ぶのである。貝焼(かいやき)の訛(なま)りであらうと思はれる。いまはさうでもないやうだけれど、私の幼少の頃には、津軽に於いては、肉を煮るのに、帆立貝の大きい貝殻(かいがら)を用ゐてゐた。貝殻から幾分ダシが出ると盲信してゐるところも無いわけではないやうであるが、とにかく、これは先住民族アイヌの遺風ではなからうかと思はれる。」と『津軽』にある。

 部屋にもどって東京から携えてきたシングルモルトウイスキーを水割りで飲る。東北旅行にあわせ、仙台の蒸留所で仕込まれた国産ウイスキーを選んできている。
 こういうのを「アトフキ」というのかもしれないと思った。『津軽』に次のようにある、「津軽地方に於いて、祝言(しゅうげん)か何か家に人寄せがあつた場合、お客が皆かへつた後で、身内の少数の者だけが、その残肴(ざんこう)を集めてささやかにひらく慰労の宴の事であつて、或いは「後引(あとひ)き」の訛(なまり)かも知れない。」
 アトフキの水割りを啜りつつ、窓の外を見やる。と、夜の闇のなかに、飛行機雲が縦にすっと流れたように、刷毛ではいたような白い影がおぼろに見える。あれはなんだろう?

―つづく―
※引用した太宰治『津軽』は、新潮文庫102刷改版による。

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