総門をくぐり境内に入ると、いや、三途川(正津川)を渡って、クルマを降りた時からすでに強い硫黄臭がただよっていた。この臭いと、まるでうってつけの効果音のように卒塔婆の上で啼いているカラスの声がいやが上にも無常ムードを盛り立てる。
カメラがわりのケイタイは車内に残してきた。写メにこの世のものでないものが写っていた……などという事態は避けたかったから。むろんそうした写真を待ち受け画面にする趣味などもうとうない。
ところで、境内にはイタコが口寄せをするための小屋がたくさん出ているだろうと想像していたが、ひとつもなかった。恐山はイタコの修行の場とばかり思っていたのだが、さにあらず。修行場は八戸周辺その他にあって、7月の恐山大祭と10月の恐山秋詣りのみ境内を口寄せの場として貸すだけなのだとか。しかも、恐山境内で口寄せがゆるされているのは、イタコ組合(!)に加入している限られたメンバーのみというから驚く。
火山岩が形成する地獄巡りを体験する。そこここに立てられた風車のまわる音がせつない。無間地獄、賽の河原などを抜けて、最後に行き着く宇曽利湖(うそりこ)を臨む極楽浜が巡礼者をやさしく迎えてくれるという趣向だ。
恐山をあとにし、マグロの一本釣りの名所・大間崎を抜けようとするころ、朝から低く垂れ込めていた雲から雨が落ちてきた。晴れていれば、目前に北海道を望む本州最北端の岬であるのだが……
仏ケ浦をクルーズして海蝕による奇岩群を海から仰ぐ。
その後、フェリーに乗船し、陸奥湾を下北半島から津軽半島へと渡った。船の上で、「半島」とは、まさに一方が地続きの“半分だけ島”という意味であることにいまさらのように思い至り、なんだかおかしかった。
到着したのは蟹田港。いよいよ太宰治の『津軽』で馴染んだ名前の地に降り立ったわけだ。津軽に到着した途端に雨がやんで、薄陽が射した。
その晩は、太宰もよく訪れた大鰐温泉に宿泊。ふたたび降りだした大雨のなか、観光ホテルの半露天風呂に浸かる。六角形をした湯船はヒバでできていた。「津軽の産物は扁柏である。林檎(りんご)なんかじゃないんだ。」と『津軽』にもある。
温泉のなかで風雨の音を耳にしながら、『うしろの百太郎』の主人公・後一太郎(うしろいちたろう)とテレパシーで会話できる霊犬ゼロは、ソフトバンクモバイルのCMのお父さん犬に似てはいまいか、と思ったりした。
