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/ 上野 歩
monthly essay / ueno ayumu

ぴー吉 第169回『能登(後編)〜ヤセの断崖と松本清張の文体〜』

挿絵 ・3日目
 一夜明けると、爆弾低気圧が能登上空を制圧していた。
 そして、そんな状況の中、この日最初の観光地はヤセの断崖なのであった。
 前回紹介したとおりの“まあまあの朝食バイキング”でお腹を満たし、ホテルを出て、風雨の玄関口で待つ観光バスへ。

 さて、ヤセの断崖である。
 波が打ち寄せる断崖上で犯罪を告白する、という2時間ドラマ的大団円がありますよね。その元祖ともいうべきなのが、『ゼロの焦点』のクライマックスである。そして、その舞台こそが、この能登金剛・ヤセの断崖なのだった。
 我々ツアー一行が訪れたヤセの断崖は、暴風雨という、この観光地を体験するには絶好のコンディションにあった。
 皆、風にあおられ、傘の骨をへし折られながら進む中、僕ら夫婦だけはビニールカッパを着込んでいた。危険を察知するに動物的カンの利く妻が、天気予報を見て、昨夜のうちにホテルの売店で購入する英断を下したのだ。税込525エンのそれは観光地値段であるが、ツアー客らは皆、羨望の眼差しを送ってくる。
 チャコールグレイのスーツを着込んだ女性添乗員は、タイトスカートから伸びた足にハネを上げつつハイヒールで泥濘(ぬかるみ)を闊歩する。一同は、映画『八甲田山』の雪中行軍のように、必死にそれについて行く。いくらカッパを着ていようと、僕ら夫婦もずぶ濡れだ。これは、もはや観光ではない。
 そして、ようやく断崖上に到着。見下ろすと、切り立つ断崖には荒ぶる波が白く打ち寄せていた。

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