僕なら雪の八甲田でなにを夢想するだろう。やはり東京に帰りたいと思うだろうな。もう寒いのは嫌だ。夏の日を思い浮かべるに違いない。
そう、夏で、銀座あたりを歩いている。築地方面に向かってだ。
歌舞伎座を過ぎると人の賑わいが引いて、晴海通りが広くなったように感じられる。夏空も高く、広く感じられるようになる。そうして、ふっと磯の香が鼻をかすめるのだ。東京湾が近い。
路地に折れ、古い蕎麦屋を見つけて暖簾をくぐる。店名もない白木綿の暖簾が爽やかだ。
昼の時分どきを過ぎたくらいで、店の中はすいている。木と白壁のすっきりとした内装で、照明は明るくない。
4人掛けの卓が五つ。そのいずれにも白髪の男性(禿頭も可)が一人ずつ座を占めて、蕎麦を啜っている。当たり前だけど、皆、ケータイなんかは眺めていない。一心に蕎麦を味わっているか、注文したものを待っている間は文庫本を読んでいる。会社の重役か、相談役とか顧問のような人たちで、ピークを外した時間にきて、寛いでいるのだ。
僕はそうした人たちに交じって、けれど仕事が休みの日なので、まずはビールを1本持ってきてもらう。そうして、穴子の天もりを頼んで、天ぷらを肴にのどを潤す。
ビールが空いたら、今度は蕎麦を手繰りながら山形あたりの冷酒にする。昼に蕎麦屋で飲む酒はうまい。夏なら、なおよい。
手を載せている机の表面には、せいろと同じように簀(す)が張られていて、それがなんとも涼しげだ。
蕎麦は、挽きぐるみのぎしぎしした田舎風。ただし、こちらのほうは盛りがよいので、せいろの底の簀が覗くようなことはない。
……と、そんなに東京がイイのなら、旅になんか出なけりゃイイじゃないか、といわれたら身もふたもないけど、きっと家に帰るために旅に出るのだ。
旅とはそうしたものだ。
