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ぴー吉 上野 歩 / イ 
第181回『北の町に桜を訪ねて(中編)八甲田山』・・・P2

挿絵

 僕なら雪の八甲田でなにを夢想するだろう。やはり東京に帰りたいと思うだろうな。もう寒いのは嫌だ。夏の日を思い浮かべるに違いない。
 そう、夏で、銀座あたりを歩いている。築地方面に向かってだ。
 歌舞伎座を過ぎると人の賑わいが引いて、晴海通りが広くなったように感じられる。夏空も高く、広く感じられるようになる。そうして、ふっと磯の香が鼻をかすめるのだ。東京湾が近い。
 路地に折れ、古い蕎麦屋を見つけて暖簾をくぐる。店名もない白木綿の暖簾が爽やかだ。
 昼の時分どきを過ぎたくらいで、店の中はすいている。木と白壁のすっきりとした内装で、照明は明るくない。
 4人掛けの卓が五つ。そのいずれにも白髪の男性(禿頭も可)が一人ずつ座を占めて、蕎麦を啜っている。当たり前だけど、皆、ケータイなんかは眺めていない。一心に蕎麦を味わっているか、注文したものを待っている間は文庫本を読んでいる。会社の重役か、相談役とか顧問のような人たちで、ピークを外した時間にきて、寛いでいるのだ。
 僕はそうした人たちに交じって、けれど仕事が休みの日なので、まずはビールを1本持ってきてもらう。そうして、穴子の天もりを頼んで、天ぷらを肴にのどを潤す。
 ビールが空いたら、今度は蕎麦を手繰りながら山形あたりの冷酒にする。昼に蕎麦屋で飲む酒はうまい。夏なら、なおよい。
 手を載せている机の表面には、せいろと同じように簀(す)が張られていて、それがなんとも涼しげだ。
 蕎麦は、挽きぐるみのぎしぎしした田舎風。ただし、こちらのほうは盛りがよいので、せいろの底の簀が覗くようなことはない。
 ……と、そんなに東京がイイのなら、旅になんか出なけりゃイイじゃないか、といわれたら身もふたもないけど、きっと家に帰るために旅に出るのだ。
 旅とはそうしたものだ。

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