院長の背後に執務机があり、そのうえに飾られている(というよりは他の雑多なものとともに放置されている)ステゴザウルスのフィギュアに眼をひきつけられる。このテのものは僕もキライではない。
ふと、すぐ傍らに眼をやると軍刀が壁に立てかけられていた。
「指揮刀です」
「本物ですか?」
「骨董市で買ったんですよ」
「本物なんですか?」
「あくまで指揮刀ですからね。軍刀じゃない。刃はついてませんよ」
「持ってみていいですか?」
「どうぞ」
手にとるとずしりと重い。
「抜いてみますか?」
「抜けるんですか?」
柄を握って引きあげてみる。錆びぐあいに迫力があった。
「研げば刃がつくんじゃないかな」
その言葉に、僕はそそくさと刀を鞘に戻した。
「バイクはなにに乗ってるんですか?」
「ハーレーダビッドソンの1400CCです」
院長が愛車の写真を見せてくれる。
僕は顔を上げ、院長を見て、
「おとなになれない、あるいは、なろうとしない者――つまりは神々に愛でられし者は世上の幸せには恵まれない、とおっしゃいましたね?」
「ええ」
「おとなにならない、あるいは、なれないとはどういうことでしょう?」
「なにごとにも中庸にならない、あるいはなれないということでしょうか」
「いろいろな方に会ってお話を聞きます」
と僕は言った。
「ものを書いていると、それがあるとき、偶然に役に立つことがあるんですよ」
「それは私の仕事とひじょうによく似ていますね」
と院長が言った。院長の手のなかのパイプのボウルの温もりが伝わってきそうな静かな午後だった。

なかなかにシブイチョイスとお感じになった方もおられるでしょうか。
現代アートを観たときのような感覚と言ったら良いのでしょうか、院長先生との淡々として完結なやり取りは、どこか非現実的ささえ感じる味わいが。まるで短編小説のような面白さを感じます。
僕のイラストも、意図したわけではないのですが、今から見ると文章に影響されてかSFっぽい印象の絵になってますね(笑)
長い連載の中で、この作品は不思議な静けさをまとって僕の中に残っています。
以上、上野亭板長ふじたでした!