『時代屋の女房』の翌年、84年公開のモノクロ映画『麻雀放浪記』(和田誠監督)を、学生だった僕が新宿の映画館で眺めていた時だ。隣に座っている男性客をふと見やると、それが根岸吉太郎監督だった。イラストレーターの和田氏が初監督した評判の『麻雀放浪記』を、根岸監督は視察にきたのだろうと僕は思った。ところが、この根岸監督、上映中に忙しく何度も席を変えるのである。僕が好む後方左隅席の一つ置いて隣にいたかと思ったら、ずいぶん前のほうにいって、あれはなにか意味があったのかしら?
根岸監督といえば前年、角川映画の『探偵物語』を観に行った。併映は大林宣彦監督の『時をかける少女』。薬師丸ひろ子&原田知世という角川映画の看板アイドルの二本立てである。
僕としては、根岸、大林両監督の作品であり、『探偵物語』に松田優作が出ていることから観たかったのだ。ところが、映画館に入ってみると、周りが中高生の女の子とアベックばかり。大学生でオトコひとりで観にきてるのは僕くらいで恥ずかしくて仕方がなかった。
さて、『麻雀放浪記』である。
ばくち打ちのドサ健(鹿賀武史)が、自分の女(これも『時代屋の女房』と同じく“まゆみ”=大竹しのぶ)を、ばくちのカタにする際に言う、「オレは自分のおふくろと、惚れた女にはどんなに迷惑をかけてもいいと思ってるんだ」
その女は、一文無しになったドサ健から離れようとしない。なぜついて来るんだという彼の問いにこう応える、「アンタがあたしに惚れてるからよ」
