味噌こんにゃくや、たこ焼を食べ歩き、地ビールを飲む。
ずっと、なにか食べて、ずっと飲んでる。
祭のあいだは、ほろ酔い気分がいい。なにしろ年にいっぺんのことなのだから。
地元野菜を売る露店で、じねん薯(安くて、ものよし)や銀なん(安くて、たっぷり)を買い、帰りの車中で飲む埼玉産ウィスキーと、つまみにする豆大福なんかを買ってると、どんどん荷物がふえてしまう。きょうは、なにしろ地元ものにこだわってみるつもりなのだ。
ひとまず身がるになろうと、夕食の予約をしといた店にいく。
秩父についてからは自由行動になるこのバスツアーでは、そうした店は自分で手配する。
露店であれこれ買い食いするのもいいのだけれど、基本的に非行動的である僕としては、やはりゆっくり腰を落ちつけて、お酒と料理がたのしめる店を確保しておきたかった。
姿の池のほとりにたつ快晴軒というその店は、インターネットで見つけた。
電話して、予約を入れたら、夜祭の花火が眼のまえにひろがる、とのこと。
大音響に、「店が、ぶっ壊れるんじゃないかと思うくらいの振動なんだ」と店主が言ってた。それがなんだか得意げで、うれしそうだった。地元の祭を誇りにしているのだ。
この店主は、一見そんなに親切そうでもないのだけれど、じつはとっても親切な人で、
「きょうは予約の客しか入れてないから、適当につかって」と、和室のひと部屋をかしてくれる。
ちょっと休憩して、「屋台と花火と両方たのしまなくっちゃ」という店主の言にしたがい、ふたたび人、人、人でごったがえす市街地へ。
そこには、見せ場の特等席をとろうと、寒いなか何時間もまえから新聞紙をひいて地べたにすわるパワフルは人たちも。
このなかにはおなじバスツアーの参加者もいることだろう。祭のたのしみかたは、それぞれである――っていうか、僕はやっぱりパワー不足である。
ぼんぼりを燈した、絢爛豪華な、巨大な山車が何台か町のなかを曳きまわされ、その背後の夜空に次々と花火が打ち上げられるのが、祭のクライマックスだ。
それにしても、もんのすごい大群衆である。
いちどなんか、通行止めになってた人波が、屋台の通過とともに激流のようになだれこんできて、パニック寸前になった。
けが人がでたのか、救急車のけたたましいサイレンの音が往来するのも聞こえる。
人々は、すこしでもいいものを見ようと、我さきに行動する。それが祭の熱気なのだろう。気おくれしたものは、落伍者なのだ。
長い列ができているので、なにがあるのだろうと思うと、それは仮設トイレの順番待ちだったりする。
