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/ 上野 歩
monthly essay / ueno ayumu

ぴー吉 第38回『練馬ぐらし』

挿絵  練馬区の石神井公園近く(とはいっても公園までは歩いて20分ほどかかる)に住んで9年になる。 
 このさきずっと住むかどうか、そんなことはわからないけれど、ここでの暮らしがけっこう気にいっている。 
 まず畑があるのがいい。越してきた当初よりも、だいぶすくなくはなってきたけれど、駅からはなれたディープ練馬に歩いていけば、むかしからの農家然とした家と、ひろびろとした畑がある。 
 そうした畑には、たいてい無人スタンドがあって、すぐ眼のまえの土でとれたばかりの、おおきくて、みずみずしい、葉のみっしりとしたキャベツや白菜を置いているのだ。 
 どれでもひとつ100円である。消費税なんかはとらない。 
 スタンドにある、手づくりの貯金箱みたいな、ちっぽけな、ボール紙の筒に買ったぶんだけの100円玉を入れてやればいいのだ。
 スタンドの向こうで、農作業をしているひとを見つけたなら、すかさず、
「大根ないの?」 
 ときいてみる。 
 すると、年に3回くらいしか笑わないような、陽と風にさらされて煮しめたような肌のいろになった老農夫が、「ああ」とか、「う」とか、みじかくぼそりとこたえたような、こたえなかったようなそぶりをみせて、大根畑のなかにわけいってゆく。そうして、大根を1本ひっこぬく。

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