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/ 上野 歩
monthly essay / ueno ayumu

ぴー吉 第64回『男の部屋』

挿絵  ドアを開けたとたん、いささか唖然としてしまった。特別散らかっているというのではない。いや、やっぱり散らかってるか。
 ともかく、僕としては戸惑ってしまったのである。ふつうはこういう室内を想定していないもの。
 病院のなかの、しかも院長室である。さっきここまでくるために乗り込んだエレベータも、ストレッチャ−が搭載できるように鋼鉄製の頑丈で広いつくりになっていた。通ってきたリノリウム張りの廊下だって、両脇には薬局や診察室やナースステーションがならんでいた。そう、ここは、やはりれっきとした病院の構内なのである。
 ところが、開かれたドアの向こうに広がる世界といったら……。
 まず鼻をついたのは油絵の具のにおいだった。それで、一瞬、そこはアトリエのように見えた。イーゼルに立てかけたキャンバスは描きかけの風景画だった。外国の、おそらくはギリシアあたりの風景である。
「まあ、どうぞ」と、その部屋の主であるところの院長にうながされ、応接用のソファに腰を下ろす。いや、下ろそうとした。しかしながら、そこにもなにやら物が置かれていて、さりげなくそれらをよけるようにして自分のお尻を置く場所をつくる。

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