鮨、蕎麦、焼き鶏といった食のシーンが似合うのは、やはり小津安二郎監督の作品だろう。
鎌倉文学館で小津監督の生誕100年の記念展示会が開催されているので出かけてきた。
江ノ電を由比ヶ浜で下り、雨上がりの住宅地の細いなだらかな坂を山に向かって登って行く。通常、多くの古いお屋敷は、高い塀に囲まれ、外部から眺めることはできない。ところが、この瀟洒な西洋館は高台にあるために緑深い山を背景に早くも姿を見せている。見上げるようにその屋敷を眺めつつ静かな町を歩いて行く。
かつての保養地としての鎌倉をしのばせる旧前田侯爵の別荘が市に寄贈され現在文学館になっているのだ。
大きな門を入り、ゆるいカーブを描く石畳の坂をさらに登ってゆく。湿った緑のにおいがいっそう強くなり、苔におおわれた招鶴洞(しょうかくどう)という石組みのトンネルを抜けると、文学館のエントランスに出る。このアプローチがなんともしっとりと素敵で、かつての鎌倉の夏の日にタイムスリップするような錯覚をおぼえる。
文学館の建物は谷戸(やと)と呼ばれる鎌倉の特徴的な地形にある。背後と左右を山に囲まれたひとつの谷すべてが敷地になっているのだ。
前面は海である。バラ園のある、芝の敷き詰められた庭からは、家並みの向こうにヨットの白い帆が浮かぶ由比ヶ浜が見渡せる。
海からの南風に吹かれながら、僕はなんどもなんども深呼吸した。そうやって貪欲にマイナスイオンを体内に取り込もうとする。こんなふうに深呼吸するのなんてほんとうに久し振りのことだった。
頭上をトビが鳴きながらゆっくりと旋回している。振り返ると、雨に濡れた木々の濃い緑のあいだで、クチナシの白い大きな花がひとつ咲いていて、たいそう美しかった。
