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/ 上野 歩
monthly essay / ueno ayumu

ぴー吉 第98回『過酷なワカサギ丼』

挿絵 うぃ〜ん、ぎゅるぎゅるぎゅる……電動ドリルで穴をあけると、ごぼごぼごぼッと水が湧き上がってきた。それで、自分がまぎれもなく結氷(けっぴょう)した湖の上にいることがわかる。
 きょうは群馬県・榛名湖に夫婦でワカサギ釣りにやってきたのである。じつのところ釣りが目的でやってきたのではなった。凍った湖の上をいちど歩いてみたかったのである。そもそも、広い湖の水がひとが乗っても大丈夫なくらいの厚さに凍るというのがフシギだった。だから、そこに実際に立って、そのフシギを実感してみたかったのである。……というわけで、釣れても釣れなくてもどちらでもよかったのだ、僕としては。
 そうして榛名湖は、ほんとに隅から隅までみごとに凍っていた。その湖面は、ここにくるまでは、鏡のようにぴかぴかなのだろうと想像していたのだ。ところが、白く雪におおわれていた。
 釣り宿のオヤジさんのあとについて、細かい氷片のようになった雪の上を、むしっ、ごり、むしっ、ごり、と音をさせて歩く。雪におおわれていない、氷がリアルに覗いている部分があると、なんとなくおっかなくて、避けるように迂回してしまう。白いところを歩いているぶんには雪の平原のようなのだけれど、氷がむき出しになってるとこを眼にすると、ここが水の上であることをまざまざと意識してしまうのである。それに、そこだけは、なんだかほかよりも氷が薄くなっていそうである。もちろん、そんなはずないんだろうけど……。
 こんなに歩くのか、と氷の上を気が遠くなるほど歩いて、湖のほぼ真ん中あたりまできた。
 オヤジさんは、僕と妻のまえの氷に1つずつ穴をあけると、「ンじゃ」と言って、よそに行ってしまった。湖上には、団体でやってきたらしい釣り客たちの輪がエスキモーの小バンドのように点在していた。
 僕らは、木の小さな椅子に腰を下ろし、ぽっかりあいた穴に釣り糸をたれた。
 空は青く晴れ、太陽はさんさんとさしつづけている。それなのに寒い。いや、寒いなんてものじゃない。地嵐のような風が、ざらざらと氷片を巻き上げつつ遮へい物のいっさいない湖面を吹き渡ると、よだれが氷柱(つらら)になりそうだ。

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