北京ダックが運ばれてきた。炭火でぱりっと焼いた北京ダックの皮だけでなく、肉もいっしょにくるのが、このお店の特徴だ。これを、白髪ネギとともにテンメンジャンを塗ったカオヤーピン(クレープ状の薄皮)に包んで食べるわけだからボリュームがある。肉は、すこし血のにおいがして、好き嫌いがあるかもしれないが、いちど食べてしまうと、皮だけの北京ダックだともの足りなく感じられる。
天気がいいので山下公園までぶらぶら歩く。もっと海に近づきたくて氷川丸に乗船することにする。係留されているかつての豪華客船である。船内には、皇室やチャールズ・チャップリンも利用したという特別室が公開されている。寝室のほかに次の間、バスルーム(これがとても広い)もついていて、アール・デコの装飾が見事だ。
氷川丸に乗船するのはこれで2度めで、13〜14年振りのことだ。昭和5年に竣工された船が、いまさら新しいも古いもないのだけれど、それでも、すがれた印象が増したのは否めない。お客がすくないために一層そう感じるのかもしれない。大人の観覧料金が800エンかかる。リピーターは、となるとあまり期待できないのではないか? 船体のメンテナンスにお金もかかるだろうし、氷川丸のこれからが危ぶまれるところである。
さて、前回は気がつかなかったのだが、こんどの氷川丸体験によって驚いたのは、船内にあった1枚の写真だった。それは、白塗りの船体に巨大な赤十字をつけ、赤十字の旗を掲げた船の姿だった。モノクロの古い写真であったが、その白と赤をまざまざと感じることができた。それこそが太平洋戦争当時の氷川丸の姿だった。海軍に病院船として徴用されていたのである。
それを知った途端に客船に血と死のにおいがただよいはじめた。赤いタータンチェックの絨毯が敷き詰められた豪華なダイニングサロンにこだましていた紳士淑女の幻のざわきや音楽が消え、床に所狭しと横たわった傷痍軍人の姿が浮かび上がってきた。
僕はすこし息苦しくなり、デッキに出た。そこにはおだやかな春の海が広がっていた。振り仰ぐとマリンタワーがすっくと立っている。そういえば上ったことがないなと思い、行ってみる。
