しかし、なによりのボーナスはほかにあった。
今回、大阪へは飛行機で向かった。羽田を離陸する瞬間、近くの席にいた幼い男の子が、「飛んだ!」と声を上げた。
「飛んだ!」
飛行機が飛び立つ瞬間にいつも思う、「飛んだ!」と。しかし、いい齢をしたオトコが、声に出して言えるものではない。
あの男の子は、僕のかわりに言ってくれた。「飛んだ!」
その声は、無垢な興奮に満ちていて、僕はすこし感動した。
あの声とともに飛び立てたこと、それもささやかな人生のボーナスといえる。
伊丹空港に着くと、モノレールに乗った。
モノレールの広い窓から眺める大阪郊外の街は美しかった。この時期、山も街路樹も東京より紅葉が進んでいた。
やがて万博記念公園に近づくと、紅や黄色の混じる森の上に巨大な像の金色の頭部が覗いているのが見渡せた。
太陽の塔だった。
大阪で万国博覧会が開催された1970年、僕は小学生だった。万博には、新しもの好きの母方の祖母が行って、おみやげに僕にペナントをくれた。〔Expo'70〕という文字とともに、ペナントには万博の象徴である太陽の塔の写真がプリントされていた。
当時、僕にとって万博が開かれている場所はひどく遠いところにあった。僕は自分の部屋の壁にペナントを貼って、朝な夕なに眺めていた。
モノレールが万博記念公園駅に静かに停車すると、太陽の塔は正面にその全貌をあらわした。
僕は巨大なその像を眺めながら、生きていてよかった、と思った。ただ、なんとなくそんなことを思った。かつて、写真だけで眺めていた太陽の塔を、いま目の当たりにしている。それはまさに人生のボーナスだった。
