霞城公園(かじょうこうえん)は、霞城、霞ケ城(かすみがじょう)を呼称とする山形城の遺構を中心とした広大な公園である。
その一角にふうがわりな建築物があるという。
二の丸東大手門をくぐり、石垣を眺めつつ奥へ進んだ。
「3番レフト――」
園内にある野球場で地元高校の練習試合が行われているらしく、アナウンスがのんびりと聞こえてくる。ナイター設備とスタンドのある本格的な球場である。
応援団の声を背後に聞きつつ濃い緑の林へと向う。
すると、木々のあいだに、それは突然あらわれた。
塔のようだ。
近づくにしたがって、3層からなる楼閣であることがわかる。
瓦屋根は和風のような、クリーム色の下見板張りの外壁は洋風のような……なんとも判然としない建物である。なにより、柱は濃いオレンジ色、手すりは青とカラフルに塗装されているところに眼が惹きつけられる。というより、いささか腰が引ける。
けっしてメルヘンチックではない。むしろ奇怪ささえただよう。
山形市郷土館――旧済生館本館である。
明治の病院だった建物だ。
入館料200エンを払い、靴を脱ぎ、スリッパに履き替えてなかに入ると、かつての病院としての済生館の資料、郷土の医療関係資料などが展示されている。
明治初期の外科手術の模様を描いた錦絵を見ると、患者を取り囲んだ人々は、みなマスクもしていない着物姿で、歌舞伎役者のように眼張りをし、見えを切っている。
明治後期のナースらを撮影した古い写真があった。みな風船のようにふくらんだ白い帽子をかぶっている。なぜそのような帽子のかたちになったのかがわかった。帽子をとった写真では、彼女らはみな長い髪を大きな髷(まげ)に結っているのだ。
「試視力表明装置」とは、健康診断でおなじみの視力検査表だが、そこにはカラス、チョウ、コイ(だと思う)、イヌなどのシルエットが大小で描かれていた。
太平洋戦争時に軍艦に積んでいたというX線発生装置は、なにやらタイムマシンのように怪しげな機械で、放射能が残留していそうである。
