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ぴー吉 上野 歩 / イ 
第150回 北海道三都ものがたり(後編)〜小樽と艶歌『石狩晩歌』・・・P2

挿絵  森町(アイヌ語の「オニウシ=樹木の多い所」に由来)に移動し、昼食。噴火湾(内浦湾の別名)で獲れた魚介の海鮮焼きである。イカ、ホタテを野菜といっしょに鉄板で炒める。サケはちゃんちゃん焼きのように身を崩すようにしてキャベツやもやしと和える。旅館の会席料理の合間にはこういうのがいい。
 珍しいホッケの煮付けのほか、イカ飯が出た。昨夜の夕食の前菜にもひと口くらいのちいさいのがあったし、駅弁にも入っていたから、この旅で3つめのイカ飯ということになる。

 午後は洞爺湖展望台から明鏡を望み、蝦夷富士の異名を取る羊蹄山の裾野に広がる、「これぞ北海道!」というイメージのトウモロコシ、ジャガイモ、麦畑や牧場がつづく純農村地帯を抜け、今宵の宿がある定山渓温泉へ。
 途中、留寿都村で、野口雨情作詞の童謡『赤い靴』にまつわる銅像を見つける。赤い靴の少女の母親は、このあたりの開拓農場に入植した。シングルマザーだった彼女は、ひとり娘をアメリカ人宣教師に託して、単身この地に渡ってきたのだ。だが、その宣教師も帰国することになり、病気だった少女を麻布の孤児院に預ける。そうして結局、少女はそこで亡くなる。麻布十番にも赤い靴の少女の像があって、そちらは以前、かの地の商店街を散策した時に見たことがある(第70回『六本木ヒルズと麻布十番』)。
 北の大地では、母親の像と、少女の像が、道路を挟みすこし距離を置いて立っている。その間に、7歳でここ留寿都に移住したという「指圧の心は母心」の浪越徳治郎の左右両方の親指を突き出した胸像がある。
 僕が講師を務めるクラブツーリズムの〈創作文章教室〉で、「赤い靴」の少女像にまつわる諸説をエッセイに書いていらした方がいたが、ここで眼にすることと相成った。夏休み明けの講座で報告することにしよう。

 今宵の宿は花もみじ。
 夕餉の膳には、十勝牛のステーキが出た。こいつをまず冷たいビールでやっつける。
 カニはズワイである。明日向かう小樽の冷酒にして、お造りはサケ、ホタテ、ボタンエビ、中トロ(これが絶品!)。

<泊まった宿>
定山渓温泉 花もみじ
http://www.shikanoyu.co.jp/hana/index.php

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