・3日め
小樽に移動し、まずはニシン御殿を見学。
小樽貴賓館というところを訪ねたのだが、これは青山さんというニシン大尽が大正時代に現代の金額に換算して30億円をかけて普請した夏の間を過ごす別邸である。
庭に、なかにし礼作詞『石狩挽歌』の碑があった。実兄との確執を描いたなかにしの小説『兄弟』がドラマ化された時、なかにし役の豊川悦司がなにかに憑かれたようにこの詞を創み出すシーンが印象的だった(ちなみに兄はビートたけし演)。
僕も好きな曲なのだが、ニシン漁を歌った詞のなかに唐突にあらわれる「古代文字」という言葉がシュールであり、北海の漁場とのコントラストも鮮やかで不思議な魅力に満ちた部分で気になっていた。だが、今回、この地を訪れて意味がわかった。ニシン御殿のすぐそばに、続縄文時代のものといわれる文様が岩壁に刻まれた手宮洞窟(てみやどうくつ)があるのだ。なんでも江戸末期にニシン番屋を建てにきていた石工が発見したものらしい。
小樽運河のあるレトロな街並みの中心地に移り、多喜二という黒板の趣ある店舗の鮨屋で、握りを堪能する。ヒラメ、ボタンエビ、アワビ、ホタテ、大トロ、シャコ、子持ち昆布、イクラ、ウニ、いずれも新鮮で、これまで味わった鮨のなかでも屈指のものだった。
多喜二という店名は、この地で青春を過ごし、東京・築地警察署で特高による拷問で死亡したプロレタリア作家・小林多喜二に由来するものだが、建屋のほうは本人とのゆかりはなく、元は繊維問屋であったとのこと。
食後は、かねてからの目的であったハイボールグラスを求めて小樽ガラスの店を訪ねつつ街を散策。
いよいよこのあとは、札幌に移動して寝台特急カシオペアに乗車し北海道を後にする。そう思うと、運河を渡る風が心寂しく感じられるのだった。
なあに、またやってくるさ。
(『北海道三都ものがたり』−おわり−)
<見学したニシン御殿>
小樽貴賓館
http://www.otaru-kihinkan.jp/
