深呼吸を繰り返し、からだのなかの空気がすっかり入れ替わったと感じた頃、前方に〔熊出没注意!〕の看板を見つけて、背中がぞわりとする。
今年は酷暑の影響か、熊のエサとなるドングリの実が不作で、空腹の熊が人里に現れるニュースが相次いでいる。熊に襲いかかられて重傷を負ったひとも出ていたし。
そんな危惧を抱いていたら……
ごす! がさがさ! どすん!
大きな音とともに、前方の崖上から大きな岩が転げてきて、ツアーメンバーの年配男性が通り過ぎたすぐ背後に落ちた。雨で地盤が弛んだのだろう。
そういえば、さっきの熊の看板のほかに落石注意の黄色い標識もあったのを思い出す。
マチガ沢に到着すると、視界が開けた。すると、どうだろう、谷川岳にかかっていた白い霧が晴れ、錦秋の山並が――まさに一瞬ではあったけれど――姿を現したのである。それはまさに奇跡だった。
天候が万全ならば、舗装が途切れる一ノ倉沢まであと30分ほど歩くのが当初のツアーの予定ではあったが、またいつ雨雲が戻ってくるとも知れず、ここまでで引き返す。
その時、進入が許されているボランティア車両のステーションワゴンが傍らを通りかかった。
僕は声をかけ、徐行していたクルマを止めた。そうして、なにごとかと訝しげな表情をしていた運転手さんに、先ほどの落石について伝える。あの道幅では、岩があるとクルマは通れないだろう。それに事故でもあったらたいへんだ。
礼を言って運転手さんは走り去っていったが、僕がふたたび落石現場を通りかかったら、大きな石は道の端によけられていた。
さて、帰路も、渋滞知らずで観光バスは東京に到着。すっかり天候に恵まれた(?)バスツアーとなった。
