凄まじい風の中、バスタオルを腰に巻いて露天風呂に行くと、妻のほかに女性が2人すでに赤茶けた湯に浸かっていた。ふと見ると、居心地悪そうに年配の男性がひとり、隅っこのほうにいる。
僕は妻の隣で顎まで湯に浸かった。すると、大波が押し寄せてきて、ザブンと海水が湯船に飛び込んでくる。波が引いていくと、隣にはぷかぷかと海藻が浮かんでいた。
鉄さび色の温泉、鉛(なまり)色の空と海、青銅色の波、それはひどく金属的な風景だった。
「ついに入ったぞ!」
と妻は満足げである。
「だけどこの温泉て、気持ちいいいのかどうか分からない……」
僕はぼやいた。
気持ちいいのかどうか分からない……といえば、帰路に立ち寄った鶴の湯温泉の露天風呂もそうである。
これまた除雪してできた雪の壁の道をマイクロバスに乗って行き着いたところにある鶴の湯。古くからの湯治場の面影を残す黒板塀の、墨絵のような温泉宿だ。
バスから降り積もる雪の中に立つと、すでに強い硫黄のにおいが鼻先に漂う。
妻は数種ある女性専用温泉に湯めぐりに向かった。
僕が目指したのは、もっとも広い混浴露天風呂である。とはいえ、脱衣場の小屋に向かう途中ですでに丸見えになっている露天風呂に入っているのは男ばかり。しかも、結構混んでいる。
脱衣かごは満杯で、僕は仕方なくダウンジャケットに脱いだ衣類をくるんで靴置きの棚の一番上に載せた。だからといって、なあに外は一面の雪。靴底が汚れているようなことはないし、靴置きの棚は濡れてもいなかった。
露天風呂は白濁している。やはり屋根もなく、氷点下の気温の中で湯はぬるく感じられる。
頭に雪を積もらせ、気持ちいいのかどうか分からないながら「これぞ秘湯」という思いだけは、ぐっと噛み締めるのであった。
