物語の冒頭は決まっていました。拳磨1人と20人との決闘場面から始めるつもりでした。
『宮本武蔵』に一乗寺下(いちじょうじさが)り松での武蔵VS.吉岡一門の決闘場面があります。度重なる確執の果てに、面目を失った吉岡道場の門弟70余名が、復讐心を剥き出しにして武蔵ひとりに襲いかかったのです。
『削り屋』の冒頭シーンは、この一乗寺下り松の決闘に寄せるオマージュです。
ところが、僕は20対1はおろか、これまで殴り合いなどしたことがありません。しかし、冒頭の決闘場面が温(ぬる)くなってしまえば、もうそこで読者の心をつかむことはできません。
それをNCネットの社長に相談すると、ある製造業の社長がケンカの名人であるから、会いにいこうということになりました。
群馬でお会いしたケンカ名人に、20人を相手に勝つ秘伝を伝授していただこうと、相談しました。
しかし、返ってきた言葉は「リアリティーがない」でした。
こちらはわざわざ東京から新幹線に乗ってやってきているのです。20対1のケンカがリアリティーがないと言われ、「はいそうですか」とすごすご引き返すわけにはまいりません。なんとか食い下がって、名人に20人を相手に勝つ方法を考えていただきました。