ふじた:狭い範囲を舞台にしているというのは面白いですね。なにかと濃い感じがします。工場が密集して、密な人間関係があって。そのうち登場人物が交差してくるんじゃないかって期待は持ちますよ。手塚治虫先生のヒゲオヤジ的に。
上野:『わたし、型屋の社長になります』で主人公の花丘明希子が「町に住む人々は誰もが顔馴染みだ。隣近所は夕べの晩ご飯のおかずがなんだったかさえ、知っているようなところがある。まさか、自分がデートした相手の数まで知らないだろうな、と明希子は思ったものだ。いや、もしかしたら知ってるかもしれない……ええっ、いくらなんでもそんな!?」と述懐していますが、確かに非常に密な人間関係が形成されているのがあの町ですね。「小さな工場が密集する吾嬬町は、よくいえば人情に厚い土地柄だったが、若い明希子にしてみれば、生まれ育ったそうしたコミュニティーからいちど離れてみたいという思いがあっ」て、大学卒業と同時に吾嬬町からいったん離れます。僕にも同じ思いがありました。しかし、アッコが花丘製作所に社長として戻ってきたように、僕も吾嬬町を舞台にした小説を書いています。
ふじた:若い時分は特に、ほっといてほしいってところがありますよね。小学校の頃、学校から帰ってきたら隣の子がなぜかうちでご飯食べてました。その時おかずにしていたかまぼこが目に焼き付いています。また、ある日は、鍵がなくて家に入れない僕に、近所のおばちゃんが握り飯を持ってきてくれた。ありがたいけど、僕は人の握ったおにぎり苦手派なんで、あの時は困ったなあ。そんな濃いコミュニケーションも、今となっては、あれはあれでいいコミュニティーだったんだろうなと思えるようになりましたね。