上野:あわいの館などという超常的な存在を背景にしているので、リアリズムを補てんするうえで細部にこだわりました。たとえば、登場人物の名前は可能な限り、太宰の実人生にかかわる人の名前にしました。たとえば、鎌倉警察の村田義道刑事がそうです。資料を調べると、物語と同様に郷里では太宰の三兄・圭治の同級生です。太宰の幼馴染、貞次郎が築地小劇場で働いているとか。
ふじた:私も読後、ネットなんかで登場人物を調べてみました。初代は結局満州に渡って、33歳の若さで亡くなってるんですよね。本作のその後みたいなものも透けて見えてきて、興味深く感じます。
上野:あと、背景となる帝都東京を再現しようと思い、それなりに工夫しました。フランク・ロイド・ライトの帝国ホテルを登場させたり、銀座線が工事中だったり。あ、もっとも帝国ホテルには、鎌倉の心中未遂事件前に、実際にあつみと太宰は宿泊してます。
ふじた:時代感っていうんでしょうか、リアリティは雰囲気ですごく伝わってきましたよ。冒頭の津軽弁もそう。グっとその世界に引き込まれます。津軽弁は監修の方がいらっしゃったんですよね?
上野:青森県庁の方に協力していただきました。最初の原稿では「なんちゃって津軽弁」で書いてたわけです。それを、県庁の方に見ていただいて、ひとつひとつ津軽弁に翻訳していった。おかげで、作者の僕が言うのもなんですが、とても場面がリアルになりました。
ふじた:方言はあったかみがあって、景色が見えるようです。私の母も東北なんですよ。田舎のおじさんと電話したことがあるんですが、これが95パーセントくらい、なにを言ってるのか分からない(笑)。