その道中、じゃら銭の王者である僕がむだにしようはずがない。
最近ではだいぶすくなくなった大きな畑を持つ農家が、その辺のディープ地帯には、まだまだのこっている。
そうした農家の入り口に、ボール紙にマジックで書きなぐった〔枝豆あります〕なんぞという札が出ていたなら、ちゅうちょすることなく入っていけばよい。そうして、梅を土用干しにしてるおばちゃんに、とれたての路地野菜を分けてもらうのだ。
旧家の屋敷林は、ケヤキやクロマツ、クスノキが枝をのばし、ひんやりとした木かげをつくり、朱塗りの小さなお社があったりして、外界と隔絶されたようにしんと静まりかえっている――と、思ったら、鬼瓦の大きな屋根の住居の玄関口でひまそうにしてた雑種犬が、見なれない訪問者である僕に向かってきゃんこら、きゃんこら吠えはじめた。
僕は下町の工場街で生まれて育ったので、こうした環境にあこがれみたいなものがある。
母親には小さいころから、「あんた、田舎のあるひとをお嫁さんにしなさいよ。そしたら玉ネギとかジャガイモとか、いっぱい送ってもらえるんだから」と言われたものだった。
でも、それはかなわなくて、茅ヶ崎の住宅地の会社員の娘と結婚した。
木もれ陽のなか、とってもいい枝豆なのでおばちゃんに幾らかきいたら、残念ながら〈わが家値段〉としては、ちょっと高かったので、その日はトマトをもらうことにする。
お金だけさきに払って、あとでとりにくるから、とふたたびプールに向かう。
