下町の工場街の家庭というのは、主婦となるひとが仕事を手伝っているせいで、手のこんだ料理というのをしない。惣菜は近所の店で、できあいのものを買ってくることが多いのだ。
こうした町には、住宅地とちがって、ただの住居というのがない。みな、なにかしら商売をしている。
そうした店のなかには、食べもの屋も多くあって、コロッケだの、天ぷらだの、漬物だの、みんな専門につくって売っている。
父の焼き鳥も、焼き鳥屋に買いに行く。
母について買物に行き、もうもうとした煙のなか、店先で待っていると、母が店のひとに、レバーを1本べつに焼いてくれ、と言う。僕が、その場で食べるぶんである。
職人がレバーの串を炭火の上でくるくるまわしながら焼く。とちゅうで、いちどタレにどっぷりとつけてから、もういちど焼く。そのとき、じゅッ、という音とともに、なんともいえない甘じょっぱい香ばしいにおいが町中にひろがる。 それは僕が、これから、ここで、すぐに食べるレバーが焼けるにおいで、なんだか得意な気分になってくる。
レバーが焼けると、額と腕を脂でてらてら光らせた職人が、もういちどタレにつけて、「はいよ」とそれをくれる。
焼けた竹串がちょっと熱い。指のさきがタレでべとつく。はふはふいいながら食らいつくと、土曜の夕方の商店街の喧騒が遠くなり、まわりのいっさいの動きが静止したように見える。
