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ぴー吉 上野 歩 / イ 
『名画座のある街』・・・P2

挿絵  通学の電車のなかでも、授業の合間の休み時間も、いや、授業中であっても常に本のページをめくっていた。小説、エッセイ、古いの新しいのジャンルに関係なく何でも読んだ。
 文庫本は持ち歩けたけれど、映画を観るには映画館に行かなければならない。
 日曜日はかならず映画館に行った。<映画欲>が高まってくると、学校をサボって見に行ったりもした。
 そうやって息継ぎしないと、溺れてしまいそうだった。
 僕は、本や映画のなかの物語という世界でしか生息できそうになかった。
 映画は、もっぱら2本立の名画座で、≪ぴあ≫でよさそうなプログラムを物色する。
 そのころの入場料が学割でだいたい4百円。
 映画と本、それにおぼえたてのタバコ代を捻出するのに、昼ご飯をメロンパン1個にしたり、時には食べない日もあった。みんなといっしょにお昼を食べるより、映画を観た帰りに、夕暮れの荒川土手をひとりでタバコをふかしながら歩いているほうがよかった。

 よく通った映画館に、飯田橋の佳作座やギンレイホールがある。
 通っている高校が竹橋のほうにあったので、電車賃をケチって飯田橋まで歩いた。
 当時、飯田橋駅前には大きな堀があって、堀端には材木問屋なんかが建っていた。橋を渡っていくと水面にコサギが白い姿を映していた。
 学校での昼ごはんは我慢したけれど、お腹がすくとギンレイホールでは、売店でラスクを買って食べたりした。あそこは、上映中に館内のどこかで飼っているオウムの声が聞こえることがあった。
 やはり学校をサボって佳作座で『復活の日』を観ていた。日米のスターを結集した角川映画の大作である。
 ラストで、核爆発後の荒野をボロをまとい、杖をついた、髪とヒゲがぼうぼうの仙人のような草刈正雄が北米から南米の南端まで歩いてゆく。いささか無茶な設定だが不屈の精神と愛と生命の尊厳を高らかに謳い上げた感動のシーンである。
 しかしながら場内のあちこちでは、皮肉な失笑が低く漏れ聞こえていた。平日の真昼間である。他の客たちも、僕と同様大半が、学校や職場をサボってそこにいるのだろう。皆、いかにも頑張っていますという姿勢を見せられうんざりしているのだ。
 あるいは、頑張れない自分自身を冷笑していたのかもしれない。

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