上野亭かきあげ丼 ホームページへ
 各店員のページへ: ふじたかつゆき ふじさわみえちー

ぴー吉 上野 歩 / イ  第72回『ノスタルジア』・・・P3

挿絵  クジラといえば小学校の給食でよく食べた。トマトケチャップを主体としたオーロラソースもどきのソースをからめたノルウェー揚げや竜田揚げ。
 それから伯父が捕鯨船の甲板長だったりして、クジラにはなんとなく縁があるのだ。いや、あのころの日本人はみんなクジラのお世話になっていた。
 伯父が帰港すると、父親が自動車で晴海埠頭に迎えに行くのについて行ったのを思い出す。そんなときには、船のなかの食堂でラーメンを食べさせてもらったりした。
 一昨年オープンした科学博物館新館の展示室は、雑木林のジオラマや、さまざまな科学実験を体験できるコーナーがあったりしてたのしめた。
 新館の屋上はささやかなハーブガーデンになっている。そこから晩秋の東京を眺めた。科学博物館の本館上屋の天文台や国立博物館表慶館の宮廷のように壮麗な大ドームの向こうに見える町並みは高い建物が少なくて、そこには〈昔の東京〉の姿があった。
 帰宅して、シイラの刺身で晩酌。シイラはハワイではマヒマヒと呼ばれている魚だ。秋になると脂がのる。きょうは、しょう油漬けにしたにんにく、万能ねぎ、みょうが、しょうがとともに細かく刻んであわせた我が家流のたたきで食べる。それと、湯豆腐。湯豆腐に入れるタラは、あらかじめ霜降りにしておくと、臭みが消えて一味ちがってくる。これからの季節は、湯豆腐が食卓に上ることが増えそうだ。
 お酒を飲んでいて思い出したのだけれど、伯父を迎えに行く途中、勝鬨橋(かちどきばし)が上がるところに遭遇したことがある。勝鬨橋は隅田川下流に架かる可動橋で、かつて大型船の通過時に開閉した。
 僕の記憶のなかの風景は雨である。午後遅くで、あたりはもう暗くなっている。あるいは暗いのは天候のためかもしれない。父親が運転していて僕は助手席にすわっている。橋のなかほどにさしかかったころ、渋滞したように車列が動かなくなってしまった。すると、隣で父が「ああ、上がっちゃった」と一言つぶやいたのである。せり上がってくる橋の姿は覚えていない。数台の車を隔てていて見えなかったのかもしれない。僕の記憶の映像にあるのは、回転する警告灯の赤が雨に滲んでいるようすと、フロントグラスからしんしんと伝わってくる冷気だけである。

ページ操作マーク まえのページへ    ページ操作マーク はじめのページへ