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ぴー吉 上野 歩 / イ  第96回『かにとエレベータ』・・・P2

挿絵 エレベータは上昇をつづけ、なぜか5階で止まった。扉が開いたが、そこには誰もいなかった。
 安全を考えた場合、ここはやはりその階で降りて、ほかのエレベータに乗り換えるのが順当というものだろう。
 僕ら3人は、そこでほんのつかの間、ふたたび顔を見合わせた。それはまさに1秒にも満たない時間だったろう。こんどは、お互いの反応を盗み見るような素早い視線が交差した。
 そして、誰も箱から抜け出さないことを確認し合うと、いちばん扉の近くにいた学生ふうの青年が「1階」のボタンをまた押したのだった。
 こんどはどうなったかというと、しごくあたりまえに1階まで到着した。
 扉が開くと、こんどは3人とも視線を交わすこともなく、せかせかと逃げるようにその場を立ち去った。
 そこで僕らが共有したのは、なにもなくてよかった、という安堵の気持ちではなかった。もちろん、そういう感情もあったろう。しかし、それよりももっと強く感じたのは、羞恥だった。
 さっき5階でいったん停止したとき、自らの生命維持に最善を尽くしてエレベータを降りようとせず、そのままズボラに乗ったままでいたという安易さ、生きることに手を抜いたことへの羞恥心だったのである。

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