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ぴー吉 上野 歩 / イ  第58回『おでん』・・・P3

挿絵  さいしょに箸をのばすおでん種は、ひととなりをあらわすようで、緊張を強いられるものである。
 まちがってもいきなり玉子から入るようなフラチなまねをしてはいけない。これは、鮨屋のカウンターにすわって、いきなり大トロを注文するようなもので、品位をうたがわれてしまう。
 ここはひとつ、大根あたりからはじめてみてはいかがだろう。
 取り皿に端然とのった輪切りの大根の姿は美しい。
 けれど、じゃがいもにしろ、大根にしろ、具が大きいのはなかまで出し汁が染みて熱々になっているので、すぐに口にはこべば、やけどをしかねない。
 すこしばかり冷ますために、そのまま皿に置いておく必要がある。
 皿上の風情ある大根の姿を眺めつつ、ちいさめの練りもの――たとえばゴボウ巻きあたりをつまむようにする。
 ちいさめの練りものというと、子どものころはカレーボールくらいしか好きなおでんの具がなかったのを思い出す。だけど、いまも似たような形体のまるい練りものはあるけれど、あのころのようにほのかなカレー風味がきいたものはなくなった。
 おもむろに皿上の大根に箸を差し入れる。割ってみると、まだなかからふんわりと湯気が立ちのぼる。
 大根の断面は出し汁の染み具合によって外側の飴色から白っぽい中央へと美しいグラデーションを描いている。
 ちょいと芥子をつけて口にはこぶと、上品なこっくりとした甘味のあとで鼻につんとくる辛さが追いかけてくる。

 あれこれ食べて、いいかげん具の順番がどうのなんて気にならなくなってきているころには、すでに2コめの玉子を食べている。
 残ったおでんを翌朝のごはんのおかずに食べるときには、3コめの玉子は、出し汁で表面がピンク色に染まり、かたくちいさくなっている。

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