諸般の事情(ようするにおカネと時間である)からニューヨークに行けない僕は、その欲求をひとまずおさえるべく水道橋へと向かった。
初夏を思わせる日で、改札口を抜けると脱いだ上着を腕にかけたビジネスマンらと擦れ違う。そのうちのひとりが「野球見てえー!」と巨大な白いドームに向かって吼えた。
ジャイアンツ対ヤクルトスワローズ戦である。
プレイボールとともにスタンドの出入り口からビールのタンクを背負った女の子たちが消防士のようにぞろぞろと現れて、祭りは始まった。傍らの通路を通りかかった、そのうちのひとりをつかまえて大ぶりの紙のカップに生ビールをそそいでもらい、持参したカツサンドをぱくつく。
ひとびとは飲み食いしながらヒーローには惜しみない歓声を送り、しくじりを犯した者には容赦ない罵声を浴びせる。そう、ここは祭りの円形闘技場なのだ。
そして、今宵の祭りの主役となったのは、開幕以来1本のヒットも打てず、ファーム落ちしていた江藤だった。ゲーム開始まえの守備練習で背番号33を見つけ、彼が稲城のジャイアンツ球場からふたたびこの輝ける場所にもどったのを知った。
そうして、満塁の打席に立った江藤は、見事なホームランを放ったのである。この日は、彼の復活祭でもあったのだ。
前兆はあった。原監督がチャンスに送った代打は背番号53の山田。「誰だ、そりゃあ?」どよめきとともに客席では入場時にもらった観戦パンフレットの選手名鑑をいっせいに開くぱらぱらという音が広がった。入団6年目のこの選手は、これまで公式戦で3本のヒットしか打っていない。その山田が、勝ち越しのタイムリーを放ったのだ。これで、ぐっと気運が高まっていた。
江藤が放った打球が長い長い滞空時間の後にヤクルト応援団がひしめく右翼スタンドに落下すると、歓喜の声がエアドームに轟き渡り、祭りは最高潮に達した。そうして、テレビで見るよりもあわただしい感じでベースを1周し、ホームに駈けもどるヒーローに、僕は手がしびれるまで拍手を送っていた。
ここでは毎日、祭りが繰り返されている。ひいきチームが勝ったからといって借金が消えるわけではない。負けても決定的な絶望があるわけではない。しかし、みな全力で応援する。
祭りのあとには、つねに寂しさがつきまとう。帰宅してからも、ウィスキーを飲みつつ、いまさっき見てきたゲームの模様を伝えるスポーツニュースをいくつもハシゴしていた。
