車にもどると、僕はYに、
「客が畑からねぎをとってきて、自分で刻む店があるだろ?」
ときいた。
「『なかむら』だな」
これまで30軒の讃岐うどん屋を食べ歩いているというYがすかさず反応した。
「『なかむら』っていうのか? テレビで見たんだけど」
「有名店だ。俺もまえに食ったことがある。うんめぇぞ。よし、つぎは『なかむら』に行こう」
讃岐富士と呼ばれる飯野山(いいのやま)のふもとに『なかむら』はある。
せまい通りの向こうに、色褪せて尻尾のあたりから先が千切れた季節はずれの鯉のぼりが1匹だけはためいているのが見え、ポールの下まで近づいて行くと警備員がひとり立っていて車の誘導をしていた。
指示にしたがって車で坂を下ると、民家の庭で、そこが『なかむら』だった。
以前、よく利用する旅行会社に讃岐うどんめぐりのバスツアーの企画をEメールで提案したことがあった。すると、担当者から、自分も讃岐うどんが好きでずいぶんまわったけれど、どの店も道がせまいし、観光バスがとまれる駐車場がない、とのレスがあった。
なるほど、こうして実際に『なかむら』までやってくると、それがよくわかる。Yにそう言ったら、
「おまえ、バカじゃねえの。讃岐うどん食いたかったら、旅行会社になんて言わないで、Kに言えばいいじゃねえか」
Kとは、やはり学生時代の友人で、いまは故郷の香川で住宅販売の仕事をしている。
「Kに言えば、家に泊めてくれるし、車で案内してくれて、おまけにオゴってくれるぞ。そうだ、あとでKを呼び出してもいいな」
そんなことを言いながら車を下りたYが、
「これが伝説のねぎ畑だ」
と顎で示した。
見ると5メートル四方の家庭菜園がある。そこから眼を上げると、庭の奥にある、元は鶏小屋だったという(=ガイドブックの記述による)倒壊しそうなバラック(失礼!)のまえに長い列ができている。
僕とYはおもむろにその列に向かって歩きだした。
「これは“うどん御殿”というわけなのか?」
僕は新築のリッパな母屋を見上げて言った。
「そういうことになるんだろうな。このまえきたときにはなかったから」
とYが言った。
すると、どうしたことだろう、店のまえの行列が見る間にくずれてしまったではないか。ひとびとが、ぶつぶつなにか言いながらこちらに引き返してくる。ふと見やると、そのひとたちの肩の向こうで店の入口にかかっていたノレンが仕舞われてしまった。
売り切れ御免というわけだ。
店のまえに置かれた青いポリバケツには使用済みの割り箸が高く山をつくっていた。
Yと僕はむなしくそれを見つめていた。
「おい、つぎ行くぞ」
Yが言って、僕らは車に引き返した。
またまた来月につづく
