まさに富士山のミニチュアのような榛名富士の稜線に向かって羊の群れのような雲がゆっくりと流れてゆく。そんな、眼に映るのんびりとした風景とは裏腹に、湖上は過酷だった。
隣で妻はミノムシのようにアルミシートにくるまっていた。そのシートの裾が強風にはためている。僕はイソップ物語の『北風と太陽』の話をなんとなく思い浮かべたりした。そうして、おかしくなった。なんで、夫婦2人して、こんなことをしているのだろうと思った。
ラムを飲んでも寒さのせいで酔っ払わないのだが、ちかちかと気分が明滅する。
近くで釣っていたひとが、「まだがんばるの?」と言って、火鉢の炭を分けてくれた。「寒いから、もう上がるよ」
釣れないのは、みないっしょらしい。
妻は意地なのか、ガッツからなのか、微動だにせず釣糸を凝視している。
僕のほうは、すでにあきらめモードに入っていた。湖上で自身の心を見つめるという高尚な境地もとっくのとうに突き抜けてふたたび俗世間に戻ってきてしまっている。いまはただ湖の真ん中からまたぞろ釣り宿まで歩いてゆくことすら億劫で、あとしばらくのあいだずるずると留まっていようといった感じだった。あるいは雪山で遭難したときの最終的な気分は、こんななのかもしれない。
突然、「釣れたみたい」妻がぼそりと言って、釣り糸を巻き上げにかかった。「えっ!?」半信半疑で妻の手もとを見る。
深い湖底に届くまで糸をたらしているから、仕掛けの先の部分がなかなかあらわれない。
やがて……「やったあ!!」妻がはしゃいだ声を上げ、針の先で身をくねらせる美しい金色の魚をかざして見せた。すると、「スゴイ」「やった、やった」「やったねえ」周囲にいた釣り人からぱらぱらと拍手が沸き上がった。「コレどうしたらいいの?」と妻が言い、僕が針からはずしてワカサギを氷上に置くと、しばらくぱたぱた跳ねていたが、やがて凍りついて動かなくなった。
釣り宿で、ワカサギのフライをウスターソースにくぐらせ、やはりウスターソースをたらりとかけたご飯のうえにのせたワカサギ丼を食べた。9月にボートで釣り上げたワカサギだという。いっしょに出た熱い味噌汁がうれしかった。
「きょうは団体さんが観光バスで何台もきたけどさっぱりだったらしいや。1匹でも、表彰もんだよ」オヤジさんにそう言われ、妻はタクアンをぽりぽりさせながら得意げである。彼女の丼の傍らにある、ビニール袋に氷片とともに入ったワカサギをひとびとが入れかわりに見にきた。
いろいろ考えた末、家に持ち帰った1匹だけのワカサギは塩焼きにしてシンプルに味わうことにした。グリルで焼くと、小魚にもかかわらず受け皿に脂が落ちた。2人で分け合ってかじってみると、すっきりと甘くて、ひきしまった湖の味がした。
ワカサギを釣り上げた妻は来シーズンの再チャレンジに意欲的である。エサ付け係の僕はもうカンベンしてほしいと思っている。
「また行きたい」
「もう行かない」
