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ぴー吉 上野 歩 /
第216回 日帰りバスツアー(18)〜人生最高のビール編〜・・・P3

 で、夢よもう一度、というわけで、この夏、再びバスツアーに参加し、工場見学に向かった。いや、工場見学後の出来立てエクストラコールドを飲みに行ったのである。
 折しも関東地方を台風が通過した翌日であった。目的地に向かうバスの外は、嵐の名残の小雨が降っていた。
 ところが、到着した途端に雨は上がって、晴れ間が広がった。やはりビール工場には夏空がよく似合う。これは吉兆だった。
 そして、手っ取り早く結果を言うと、やはり残念なものだった。
 見学後の試飲時間は20分。アルコールはひとり3杯までと決められている。最初に渡されるのはスーパードライの350ml相当のグラスであるのが、これも決められている。
 前回もこれを飲んだあとで、自由に選べる2杯目にエクストラコールドをチョイスした。そして、1杯目よりもうまいと感じた。通常、ビールは1杯目がなによりもうまいと感じるはずなのに、である。
 1杯目も、2杯目も、前回のほうがずっとずっとうまかった。
 前回きた時は猛暑が連日続く頃だった。ビール工場に到着する直前に立ち寄ったPAで、バスから外に出ると空気がゴーッと音を立てて燃えているようだった。
 やはりあの時との違いは、暑さであろうか? 身体の芯の芯まで乾ききっている必要があったのか?
 いや、つまりは、こういうのを知恵の悲しみというのであろう。故・開高健が出演したテレビの紀行番組の中で言っていた。ロンドンの街角でフィッシュ・アンド・チップスを食べる場面である。かつて、この街を訪れ、同じものを食べた時よりもおいしいとは感じられない開高氏が「いろんなものを食べ過ぎて、知らなくていいことを知ったがために、世の中が寂しくなる。面白くなくなる――これを知恵の悲しみと言います」と。

挿絵  あれだけ喫っていたタバコは30歳でやめた。酸味の強いコーヒーも好まなくなった。
 今いるビール工場は緑の森に囲まれていた。試飲会場は、緑を見下ろすタワーの最上階にある。この森には、タヌキやイタチも棲(す)んでいるという。
 僕は3杯目に黒ビールを選び、ほのかに酔って、ビールの味に対してもかなり寛容になっていた。
 そういえば、最近、家の近所でタヌキを見かけた。夕刻の散歩の時、車の往来が途絶えた道路を渡ってこちら側にトコトコとやってくる尾の長い動物を見たのだ。犬ではない。間違いなくタヌキだった。
 僕の家は東京23区内の住宅地にある。すぐそばに、野生のタヌキが暮らしているとは……。
 もはやそうしたことが、ひたすら楽しくなってきているのだった。うまいビールを飲むためにバスツアーに参加したことはすっかり忘れて。

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