そうしてもうひとつ、僕の東京は川である。
僕の実家の工場は荒川のすぐそばの町にあった。 荒川放水路は、人工の河川である。それが岸にある草野球グラウンドの周囲や川辺に雑草や穂が茂って、いい具合に馴染み、いかにも自然の河川のような風合いをただよわせている。
それが隅田川となるとだいぶ趣がかわってくる。自然の河川である隅田川のほうがカミソリ堤防でがちがちにコンクリート護岸され、人口の運河のようである。
僕にとっての東京はこのふたつの河川の風景である。
近ごろは、高規格のスーパー堤防が持てはやされ、カミソリ堤防をいかにも醜いもののように言うけれど、あれはあれでなかなか味わい深い風景なのだ。
千住あたりのドックや中洲の砂利置場なんて、胸にぐっとくるものがある。つまりは、これが僕にとってのふるさとの風景なのだろう。
テレビに映っている神宮球場の上に広がるパープルカラーの空も、東京の空だった。
それはかつてそろばん塾の帰りに銭湯やエボナイト工場の煙突の向こうに見た空の色だった。
